合格実績(2026年)
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(以下:敬称略)
2026年度合格実績
| 大 学 | 学部 | 学科 | 氏 名 | 出身高校 |
| 京都大学 | 医学部 | 医学科 | 山﨑 隆佳 | 東大寺 |
| 京都大学 | 医学部 | 医学科 | K・M | 堀川 |
| 京都大学 | 理学部 | 近藤 すばる | S高等学校 | |
| 京都大学 | 工学部 | 情報学科 | 平澤 紗 | 堀川 |
| 京都大学 | 工学部 | 情報学科 | 鈴木 富賀 | 水都国際 |
| 京都大学 | 経済学部 | 林 七星 | 立命館 | |
| 東京大学 | 文Ⅲ | 福永 悠大 | 洛星 | |
| 京都府立医科大学 | 医学部 | 医学科 | 橋本 敬佑 | 洛星 |
| 大阪大学 | 工学部 | 応用自然科学 | 植松 莉央 | 堀川 |
| 大阪大学 | 工学部 | 環境・エネルギー工学科 | 信定 音瑛 | 立命館 |
| 大阪大学 | 薬学部 | T・Y | 堀川 | |
| 大阪大学 | 法学部 | 国際公共政策学科 | M・Y | 北野 |
| 大阪大学 | 経済学部 | K・H | 西京 | |
| 大阪大学 | 文学部 | 藤原 菜乃 | 堀川 | |
| 名古屋大学 | 農学部 | 生物環境科学 | S・A | 四天王寺 |
| 京都工芸繊維大学 | 工芸科学 | 応用化学 | 乾 貴博 | 立命館 |
合格者の声
京都大学医学部 山﨑 隆佳 東大寺
中学時代は塾無しで学校と部活中心の生活を過ごし、高校に上る前の春休みに稲荷塾に入塾しました。
春休み中は週に3週間分ぐらい進めるなどして数1Aを終え、高校1年で上半期に数ⅡB、下半期で数ⅢCを学びました。
高1の終わり頃、そんな事を言うのはためらわれるぐらいの成績だったのですが、京大医学部に行きたいという相談を稲荷先生にすると、「こうすれば可能性はなくはないと思う」といろいろ提案をしていただき、それに従って、数学は演習1のクラスのほかに個別指導で数ⅢCや数Ⅲ演習を学習させてもらい、それらの復習をそれまでより真面目にやりました。理科の2科目はこのとき稲荷先生に伝授してもらった方法で自学をすすめ、「ところで英語は得意なのか」と聞かれて、実は弱点だった英語も個人塾を紹介してもらい少しずつ改善していきました。
高3では演習2と演習3の2クラスに参加し、3年間、本当に少しずつ成績はよくなっていきました。
高2で受けた駿台全国模試や、高3で受けた冠もしではどれも判定はC、D、Eしかありませんでしたが、それでも教えてもらったように勉強を続けることで、最後の模試が終わったあとも、本番まで実力を伸ばし続けられたように思います。
稲荷塾が無かったら京大医学部に現役で合格することはできなかったと思います。このような親身な指導をしてくださった稲荷塾に、僕は本当に感謝しています。
京都大学理学部 近藤 すばる S高等学校
親の勧めで中1から稲荷塾に通い始めました。それは中学受験後で、勉強をするのは止めたいと思っていたところだったので、初めはあまり楽しいものではありませんでしたし、すぐに解消できた問題ではありませんでした。ですが、学んでいくうちに、自分の実力ではなかなか答えられない問題を解き切ることの楽しさを知ることができ、また、論理に基づいて考えることができると必ず分からないところは無くすことができる、そのような国語などにはない絶対性が魅力的に感じるようになりました。
中学の途中でそのように思うようになってから高校2年生までは、数学のその面白さ、稲荷塾で与えられる思考を要する良問や、参考書ではあまり取り上げられない、けれど入試で出題されると経験の差が表れる解法に驚きや楽しさを感じていました。明確な理由があったわけではありませんが高校からは通信制に通うようになっていて、1日10時間の勉強は当たり前でした。その内訳は数学と英語が大半でした。おかげでこの二科目は十分に力がつきましたが、受験年になって物理と化学に大きく時間を割かなければいけなくなり、十分な実力はあると考えていた数学の時間を大幅に減らしました。塾がある日を除いて、一日2問程度しか解いていませんでした。その結果、冠模試の数学の成績は下がる一方で稲荷塾で解く問題も正答率は芳しくない状況が続きました。共通テストは文系科目や情報で得点できず、80%に届かないという成績で、他の京大受験生に後れを取る形になりました。
その後の2次試験から共通テストまでの勉強で数学の勉強時間を戻しながら、理科を伸ばすことに努めました。試験本番は数学ができたように感じていたものの、数学ではケアレスミスや考えが浅かったために正答に辿り着けない問題が多く、比較的良くできたであろう他科目で補ってくれることを願うしかありませんでした。結果として合格を勝ち取ることができましたが、最後に稲荷塾とそれに基づく自学習で培ってきた確かな数学力を発揮できなかったのが悔やまれます。しかし、京大を目指す、そして合格するまでに至った理由の一つに稲荷塾の確かな支えがあったからです。6年間本当にお世話になりました。
京都大学経済学部 林 七星 立命館
私は稲荷塾に通っていた兄の影響で中学2年生の時に稲荷塾に入塾しました。中学2年生の間に中学数学を学び、中学3年生からは高校数学を学び始めました。高校数学を始めてからは予習のサイクルをうまく自分で回せていなかったことで、稲荷塾での授業のスピードについていくことが難しくなっていきました。でも、復習してなんとか分かるようにしていき、学校での授業では余裕が生まれていました。
高校2年生になる頃には、高校数学ⅠAⅡBを終わらせ、演習Ⅰを学ぶことになりました。
しかし私は中高一貫校でフェンシング部に所属していて、高校からは大会が多くなり、練習日数も増えたため、本来の演習1の授業の曜日に塾に行くことができなくなってしまいました。そこで稲荷先生が別の曜日に演習1を見てくださり、稲荷塾で学び続けることができました。稲荷先生が柔軟な対応をとってくださったおかげで勉強と部活との両立を図ることができました。
そうして始まった演習1の授業でも相変わらずついていけず、分からないところだらけでした。この頃から模試の数学の点数がどんどん落ちていき、さすがにこのまま数学を放置してはいけないと思うようになりました。かといっても部活が毎日ある中で、なかなか家での勉強時間を取ることが難しかったので、稲荷塾に行って演習1の授業で出てきたプリントの分からないところがあれば稲荷先生やチューターの先生方に質問して全部の問題が分かるようになってから帰るようにしました。それを毎週続けていくうちに、次に同じ問題が出たときに、問題の解き方の筋道が立つようになっていました。
高校3年生の夏までは試合や遠征が多い時には毎週のようにあったので、家では全く勉強時間が取れていませんでした。それでも、塾で解く問題は少しずつできるようになっているのを実感し、夏の冠模試の数学では目標としていた5割を取ることができました。秋頃の演習では本番が近づいてくる焦りから時間配分に失敗したり、問題を解く糸口を熟考できなくなっていました。しかし「問題文を見たらまず色々試してみて状況を理解する」「解答に辿り着くまでの流れをイメージしてから解く」という稲荷先生の言葉を問題を解く際にいつも思い出して、実践することで初見の問題も解けるようになりました。
そうはいっても、問題が解ける時と解けない時の点数の差が激しく、秋の冠模試では数学の点数がかなり悪かったこともあり、常に数学に対する不安が1番大きかったです。
実は私は京都大学に一般入試で合格するための準備をすると同時に、WYM(World Youth Meeting)という英語プレゼン大会で最優秀賞である文部科学大臣賞を受賞した経験を活かして特色入試の準備もしていました。私が志望していた経済学部の特色入試は学校推薦型選抜という方式で、出願するにあたって高校の成績が4.3以上であったり、英検準一級以上の英語力を持っていることなど様々な条件を満たす必要がありましたが、私は高校一年生の頃から志望大学は決まっていなかったものの推薦入試を視野に入れて、課外活動に積極的に参加したり、そういった条件を満たすようにしていました。また「学びの設計書」という大学での研究計画書を書く必要があり、私はこれを8月の下旬から始め、完成まで一ヶ月ほど要したので、他の勉強を圧迫することになり、かなり焦りました。
さらに経済学部の特色入試では共通テストで英語と世界史が9割以上、全体で8割以上の点数を取る必要があったので、11月ごろからはずっと共通テストの勉強をしていました。
そして共通テストでは無事それらの条件を満たし、最終的には京都大学経済学部に特色入試で合格することができました。
特色入試で不合格だったとしても、一般入試で京大を受けるつもりでした。それは数学以外の教科が得意だったことに加えて、数学でも合格点に達することができるかもしれないと思えたからです。全教科の中で1番苦手だった数学で、京大の問題が解けるようになるまでになれたのは稲荷塾のおかげです。支えてくださった皆さん5年間ありがとうございました。
京都府立医科大学 橋本 敬佑 洛星
僕は中三の途中に友達に紹介されて稲荷塾に入った。青チャートと稲荷の独習数学を読みながらひたすら予習を進め、高一の春休みまでに青チャート3冊をそれぞれ三周した。僕は中3の頃に1A2B、高一で数三と演習Iを取っていて、どれも難問で苦戦した。僕は昔から予習はするが復習は頑なにしない性格で、毎週稲荷で新たな難問に出会うのが1番の楽しみだった一方解き直しせずに終わっていたことがほとんどだった…その後は数学という学問に没頭し大学数学を勉強していた。このおかげでどんな難問にも動じることがなくなった。
僕はテニスをかれこれ10年以上しており、中高でキャプテンをした。勉強と部活の両立が僕の強みで学内では常に10番以内をキープし、部活では京都招待選手に選ばれた。部活ではコミュ力やリーダーシップなど生きる上で必要なスキルが身についた。週末は大体壁打ちしたり友達と練習したりして過ごしていた。高三の5月に引退し、大好きなテニスが封じられるが辛く、受験期でも欠かさず丁寧に素振りしていた(笑)。今まで体と頭をうまく使ってきたのが高三は頭だけ使うので自分のリズムがだんだん狂い出し、メンタルが弱くなるのを感じた。皆は受験期だろうと必ず運動すべきだ。
僕は高校二年生あたりから人の役にたちたいと思い医学部を目指し始めた。稲荷先生と話して京大を目指すことにした。先生には理科を高二のうちに仕上げなさいと言われたが僕は数学的な証明を排して暗記を強いると化学が高一の頃からどうしても好きになれず後回しになり、結局高三に上がる時には理論しか勉強できていなかった。なので高三は数学の勉強を捨てて理科に徹することにした。理科を焦りながら詰めていき、夏の本レで総合6位をとれたがそこから良い緊張感が失われていき、今思うとそこでかなり遊びすぎたなと反省。その後の秋模試で得意な数学ができず、理科も全然できずに痛い目をみて本気でやばいと思い、基礎からもう一度見直し始めた。12月から共テ対策を始めて今まで体が拒絶反応を示してきた地理、古文漢文、情報にご対面。心の中で泣きながら食らいつた。新年明けてから地理の過去問を解き始め、本番一週間前に国語ができる友達に古文の点の取れる読み方を教わり、前日に初の理科の過去問を解くという究極の付け焼き刃で乗り切った。体調管理が下手くそで本番は39度の熱で闘った。結果なんとも言えない微妙な点数。もう一年同じこと(特に共テ)を繰り返すのは死んでも嫌だと思い、また企業から奨学金を頂けることになっていたので浪人だけは避けたく、二次で勝算の高い京府医に路線変更した。とはいえ京府医の問題はとてつもなく難しく、過去問で半分しか取れない時もあり結構怖かったし(恐怖医)、倍率が3.4倍と例年より高いこともあって不安で2日前までは寝られない日々が続いた。ところが前日はなぜか人生で1、2を争うほど熟睡でき、当日は絶対受かるわという謎の自信があった。最初の化学の大問1がほぼわからず大焦りしたがその後を解き切ってひと安心。その後の物理では近似に手まどい大問1がほぼ手付かず。そんな感じで休憩中はテニスの試合でしてきたように焦ってもポーカーフェイスを保っていたが内心うわ…やばくね?…とザワザワしていた。でも数学で満点をとれば大丈夫やと自分を落ち着かせ、無事数学で巻き返し、合格を確信した。英語は出題形式が変わっていたが適応し、自由英作で結構面白い文章を書けたので手応えバッチリだった。
思い返せば受験をやめてしまいたいと思う瞬間は毎日のようにあった。でも目的を見失わず進み続けてよかったと心の底から思う。
自分の道は自分の前にしかありません。周りに流されて自分を疑った時近道じゃなくなります。最後まで自分を信じて突き進んでください。応援しています。最後に、こんな僕を支えてくれた家族や先生方ありがとうございました。
大阪大学工学部応用自然科学科 植松 莉央 堀川
私は高校に合格した後の春休みに母の勧めで稲荷塾の説明会に参加し、入塾を決めました。稲荷塾の授業は3月に始まるため、高校合格後すぐに高校数学の学習へと移ることができ、そのおかげで入学後最初の模試では数学で校内1位をとることができました。それまで数学に対して苦手意識を持っていた私にとってこの経験は大きな自信になり、その後の学習にも前向きに取り組もうと思えました。
高校1年生の時には数学ⅠA、ⅡBCを学びました。テキストを用いて予習をし、内容を理解することはとても難しく、問題がわからない自分が悔しくて泣きながら予習をしたこともありました。しかし、予習の段階で自分のわからないことを言語化し、先生方やチューターの方々に質問することで、問題を理解できたことの喜びや楽しさを強く感じることができました。
高校2年生では数Ⅲや演習の授業を受講しました。演習の授業では、1年生の時の授業で学んだ知識を使えるようになることが求められ、とても苦労しました。そこで問題が解けなかったとき、解答を理解することだけでなく、なぜその解法が採用されたのかを考えることに重きをおくようにし、少しずつ解ける問題を増やしていきました。
この頃は部活動や探究活動などで忙しく、授業を休んでしまうときも多々ありました。それでもなんとか授業についていくために、いつまでに振替をするのか、自分の中で期限をもうけ取り組みました。しかし、点数はなかなか伸びず、もう一度同じ授業を受講することになりました。正直悔しい思いもありましたが、「ひとつひとつの問題を丁寧に解ききろう」と決心するきっかけとなりました。その後は自分の間違えやすい計算や思いつかなかった考え方などをノートに集めるなどして自分の弱点を潰す努力を続けました。
高校3年生の春、志望校を大阪大学工学部に決めました。阪大工学部には一般入試のほかに学校推薦型という特色入試があります。私はその両方にチャレンジすることを見据え、準備をしていました。私が学校推薦型にチャレンジすることにしたのは、将来学びたい学問が決まっていたことと、ビジネスコンテストや探究活動での受賞歴を生かすことができるからです。春から夏にかけては学校推薦型の書類の準備や面接練習をしながら文化祭での監督の仕事に熱中していました。そのため周りと比べて勉強時間が取れていない自覚があり常に焦りを感じていました。しかし、「時間はつくるもの」と捉えできる限りペースを乱さず勉強し、両立を図りました。秋模試では稲荷塾での直前演習などで学んだ、「解ける問題を解き切ること」や「簡単な数値で試してから一般的に考えること」を活かし、自分なりに良い点数をとることができました。数学に少しアドバンテージがあったことで、弱点だった理科の勉強に力を入れることができました。
学校推薦型は共通テストの結果が大きく影響することから、12月ごろから共通テスト対策に取り組みました。たくさん量を解いて丁寧に復習し、穴をなくすことを目標に勉強しました。特に数学は年末年始に毎日実際の試験と同じように問題を解くことで、時間配分などの戦略を立てることができ、本番でも安定して得点できました。そして最終的に学校推薦型で大阪大学工学部に合格できました。
数学が苦手だった私が志望校に合格できたのは、私の質問にとことん向き合い、わかるまで何度も教えてくださった稲荷塾の先生方のおかげです。本当にありがとうございました。
大阪大学法学部国際公共政策学科 M・Y 北野
私は文系でもともと数学がとても苦手でした。高校の定期テストでも平均点を下回ることが多く、他の科目で点数を取れても数学が足を引っ張ってしまう状態が続いていました。このままではいけないと思い、同じ高校の数学の得意な先輩が稲荷塾に通っていたと聞き、高校二年生の夏に入塾を決めました。
阪大志望の文系で、数学が苦手な私が数学に特化していた稲荷塾の授業についていけるかどうかという不安が初めは多くありました。しかし、先生に数ⅠAから数ⅡBまでを総復習していただき、それまで理解が曖昧なまま先に進んでしまっていた部分がなくなりました。最初は簡単な内容でもつまずくことがありましたが、丁寧に説明していただいたおかげで、少しずつ理解できるようになり、「わかる」という感覚が増えていきました。
基礎が固まってくると応用問題にも対応できるようになり、点数も徐々に伸びていきました。そして高校二年生の冬頃には、苦手意識がなくなり、数学が得意科目だと感じられるようになっていました。これは自分の中でも大きな変化でした。
高校三年生になってからの模試では、数学が安定して得点源になり、全体の点数を引き上げてくれる科目になりました。以前は一番の不安だった科目が、自信を持てる科目に変わったことは本当に嬉しかったです。数学が苦手だった私でもここまで伸びることができたのは、稲荷塾の先生方が基礎から応用まで段階的に指導していただいたおかげだと思っています。一年数ヶ月という短い期間ではありましたが、大変密度の高い学びを得ることができました。本当にありがとうございました。
大阪大学文学部 藤原 菜乃 堀川
多くの人が京大を目指す数学専門塾に、私は数学が苦手な文系志望生徒ととして入塾しました。数学以外はあまり躓いていなかったので、数学だけの環境を作れば、いやでも全体の成績が上がるかもしれないと目論んだわけです。しかし稲荷塾の問題は当然難しく、数式を目の前にして固まることが多々ありました。ですが、そんな飲み込みの悪い私にも、稲荷先生やチューターの皆さんは基本から丁寧に教えてくださいました。また、難しい問題に出会っても絶望しないメンタルを養えたこと、一般的な塾のようにカリキュラムにがんじがらめにならず、自分の習熟度に合わせて数Ⅰを2周、数Ⅱを2周することを選べたことが、自分の中で大きかったです。稲荷塾は、やる気があればいつでも歓迎してくださいます。果たして私に苦手をカバーできるほどのやる気があったかと言われれば怪しいですが、それでも土曜日の自習室にはできるだけ参加し、予習を行いました。ここで、苦手な人間特有の漠然とした質問を投げかけても一緒に考えてくださいました。なにより、チューターさんや先生にいつでも質問できる環境はありがたく、気が引き締まりました。
二次で数学を使うことを考えて稲荷塾に通っていたものの、高3になり数学に代えて日本史で受験することに決めた際も、具体的なアドバイスをいただき、とても心が軽くなりました。
私は結果的に総合型選抜というもので合格しましたが、これは共通テストの点数が肝心です。そのため私にとって、苦手な数学でコケないということが何より重要でした。稲荷塾で苦手なりにも数学に向き合う時間をとれたおかげで、数①②ともに足を引っ張らない点数を取ることができました。高1から稲荷塾で学ぶことができたおかげです。ありがとうございました。
