入試対策か内申対策か③〜入試成績は大学成績と関係ない?〜
松谷です。
定期テスト対策に時間を突っ込むのは時間の無駄であり、そんなのは最低限で乗り越え入試などに時間を投下した方がコスパが良い。という考えをこれまで持ってきましたが、やっぱり少しずつ考えが変わってきています。
ところで、大学入試成績と大学成績の相関ってあると思いますか?
実はほぼ無相関であることが知られています。あまり詳しくデータを見たわけではないですが、いくつかの研究でほとんど関係ないとの結論が出ているみたいです。上は適当に引っ張ってきた画像であり一次情報に当たれていないのが申し訳ないのですがおおむねそういう傾向らしいです。
一方で、何と何が強く相関しているかというと、
四年次の成績と一年次の成績です。ものすごく強い相関みたいです。
そして、大学の成績については、入試の得点なんかよりは、高校の成績の方が強い相関のようですね。
まあ、僕が大学生の頃の感覚だと大学の定期テストってやっぱり高校の定期テストと同じようなもんだなという感覚でしたから、それは上のような相関が出て当然な気もします。
やはり最終的に大学での学びが学問的なゴールに近い部分であることを考えるとそこできっちり結果を出せる人間こそが、真に活躍できる人材であるともいえますから、であれば、高校の成績を無視して、大学の成績と無相関な大学入試の得点のみを目標に過ごすことこそ的外れではないかという論理も成り立つ気もします。
しかし、これとて、まず大学の成績と社会に出てからの活躍の相関、さらに大学の成績と研究などの成果の相関が明らかにされていない以上怪しい面もあります。
しかも企業に入る人間が9割くらいだと思いますが、その企業こそが大学の成績をどこまで重視しているのかまだまだ怪しいところもありますのでね。大学の成績ではなく、大学名と面接テクニックや勉強以外の経験などの方を重視しているとしたら、入試得点の方を最大化させようとする高校生の行動にも一定の合理性が感じられます。
ということで、最近の僕は入試の得点を頑張るのも、定期テストを頑張るのも別にどちらにも理があるとは思っています。
しかし、
注文としては、
定期テスト側が直前の1日、2日の暗記とかでは対応できないような普段の勉強、普段の理解があってそれをアウトプットして初めてが点がとれる仕組みにどんどん変わってもらって、直前に勉強するのは意味がなくて、普段からの勉強の結果が如実に出るようにしてもらいたいなと。
そうして、そんな勉強を正当に評価できる社会であって欲しいなと。
そうなれば、定期テストを頑張ることにきちんと意義を見出す人が大半になると思いますから、皆が意義を見出したなかでの戦いならなおさら成績の持つ意味は上がっていくでしょうし。
そういう状況であれば、入試だけの得点で決めるのが良いとも思えませんから、入試と内申半分くらいずつで、うまく回っていけば良いのかなと。ちなみに、各高校のレベルがまったくバラバラな今の内申の意味合いは違いすぎるとも思いますので、入試自体をなくすことはできないかと。
あと、今は国立とかの場合は、後期がどんどんなくなって一発勝負の面もかなり強くなってきているのもすごく嫌だなあとも思います。
どんな実力がある人も当日のちょっとしたアヤでいくらでも逆に転ぶなんてありますからね。そんな不運を少しでも減らせるような仕組みになるといいのですがね。
ちなみに、ハーバードとかスタンフォードとかエール大学みたいな海外の大学はほぼオール5とSATみたいなのが9割以上とれているのは当たり前で、そこから面接エッセイ課外活動で勝負みたいですね。
なんか内申なんかいいのは当たり前でそんなのをとるのにいっぱいいっぱい生徒はいらないというような印象ですね。
生徒の能力、モチベーション、キャパシティ、ソーシャルスキルを見ているわけですね。
でもねえ、塾をやっていて思うのは、そんな風に余裕がないくらいの人材でも教え方の妙とか、出会いの妙とか、作戦の妙とかで、そういうすごい層に食らいついて戦えるかもしれないというのはあってもいいと思うんですけどね。
僕なんか能力的にはたいしたことないけど、わかりやすい説明をしてくれたり、力をつけてくれたりする先生や参考書などの目利きは結構できる自信はありますから、そういう逆転があってもいいのかななんて思ってしまいますけどね。
自分が見ていた生徒が下剋上を起こしたらなんか嬉しいですからね。
あと、楽しいと思えるかどうかがその科目を勉強するモチベーションに大きく左右するなと思いますし、それについては先生の影響って結構ありそうですから、良い影響を与えられる存在になりたいですけどね。