数学における論理の正体とは何か?

松谷です。

 

自分で授業をしたり、授業を見学したり、生徒と話したりする中で、面白いなと思うことがありました。

 

それは、ある内容を表面的にしか捉えない人と、もう少し考えて捉える人がいることです。

 

数学においては、前者は定着が悪くなる可能性が高いと思います。

 

 

その中でも、特にあまり考えない生徒の場合、「君には論理がないねぇ」と言ったりします。そういった生徒は、ある内容を、やったとしても、いつまでたっても、当て勘の領域を出ないのではないでしょうか。たまに、正解したり、たまに不正解だったり。いつまでもこんな状態だとすると、こんな怖いことはないと思います。

 

もちろん、数学における論理は、すごく高度なものなどもあります。

 

しかし、普通に数学的な内容を身につけるときに必要な論理はそんなに多くないのでは無いでしょうか。

 

僕としては、その中でももっとも重要なのは、一つだけなのではないかと思います。

 

それは、

 

「同じものを同じであると見抜くこと」

 

だと思います。

 

数学は、公理からスタートして、かなりきれいに積み上げられている学問なので、極端に言えば、全ての内容が、「公理の言い換え」、に過ぎないのかなと思います。

 

つまり、ある事柄が、ある事柄と「同じであると見抜くこと」ができれば、劇的に理解できるようになるのではないでしょうか。

 

 

もちろん、同じことには、

3x=6⇄x=2

 

みたいなすごく簡単なこともあれば、

 

正弦定理という定理を、三角形のひとつの角度と対辺が分かっているときに適用して外接円の半径を求める

 

みたいな、もう少しだけ難しい定理の適用みたいなこともあります。

 

さらに、進んでいくと、

抽象的なことと具体的なことが同じだと見抜くのが必要なこともあります。

 

しかし、基本は「同じものを同じであると見抜いている」という点で全く同じです。

 

 

小学生の保護者さまだったら、子供に言葉や事柄の類似性を意識させてあげるといいんではないでしょうか。

 

高校数学をやっている塾生であれば、まずは、定理や一般的な解き方や考え方と、実際の問題との類似性に注目してみればいいのではないでしょうか。

 

 

それが、第一歩になるのではないかなと思います。

 

 

 

 

実は、僕は、この考え方を、現代文の問題を解くときにも使っていた気がします。

 

評論では、だいたい筆者の主張はひとつなので、

 

等しい言い換えになっている部分はどこかと考えていた気がします。(等しい部分が、具体例や比喩になっていることもあります。具体例が先にあって、それと等しくなっている抽象的な部分を見抜いたりということもありますね。)

 

あとは、等しくない部分、即ち、対比になっている部分はどこかを考えていた気がします。そうすることで、文章の構造がすごく読み取りやすくなります。

(数学でも、「違うことを違うと見抜くこと」はとても大事です。まぁ、「同じことを同じだと見抜ける」ならわかる気もしますが。)

 

あとは、因果関係を、理解するといったところも意識していました。

「から、ので、ため、よって」などのシグナルワードがあればもちろんですが、なくても、意味として、因果関係があるかというのは考えていた気がします。

数学でも、もちろん、「よって」とか「なぜなら」とか使いますよね。

 

 

 

 

論理的に考えなさい!と言われると、難しい気はします。

 

もしかしたら、何から取り掛かっていいのかもわからないかもしれません。

 

ただ、何が同じなのかな、何が似ているのかなと考えて、「同じものを同じであると見抜く」ということなら、できそうではないですか??

 

トライしてみて欲しいなと思います。

 

 

塾生はあまり、読んでいなさそうですが。。。

 

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数学の論理は、ラフテルほどは謎に包まれていないですね。