嫌いな言葉

問い合わせや入塾手続の面談を通して、ときどき嫌だなと思う言葉を聞くことがあります。

それは、

うちは東大や京大なんて考えていないんですけど …

です。

すごく嫌いです。

もちろん、やみくもに東大、京大を目指せ、などと考えているわけではありません。

むしろ、そのような方向に無理に引っ張ろうとしている保護者に対して、もっと子どもの特性をよく見ましょう、とか、親が先行し過ぎるのはよくないですよ、などと言うようなことが多いように思います。

それでも、うちは東大、京大なんて考えていないという言葉を聞くと、なんで子どもの上限を親が勝手に決めるんですか、とむっとするのです。

実際、私は東大や京大を高い目標だとは思っていません。

頭が良くて受かって行く子もいますが、戦略で受かる子もいます。人一倍努力して受かった子もいます。

要は、それを目標として掲げて成し遂げようとするとき、自分の弱点と向き合い、自己管理の方法を探し、子どもは一つの方向に向かって努力した、成長した、といった達成感を味わうのです。

これはその後社会に出て行くときに必ずプラスになります。

中高生が目標を設定するとき、高過ぎず、低過ぎず、手ごろな目標であることが重要ですが、東大、京大というのは、ちょうどいいじゃないかと私は思います。

なのに、うちの子はこの程度だ、と親が子どもの可能性を限定してしまえば、当然、子どもはその影響を受けるのです。

 

「助けていいんだと分かったときのあいつらの強さに限度なんて無いんだから」(by ナミ One Piece より)

と信じてほしいものです!