apprentice

昨日は松谷君に紙のさばき方の研修をしました。

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こんなの誰だってできるだろうと思っていたのですが、意外に苦戦しました。

まあ、少し訓練が必要です。

コピー用紙をコピー機に入れるときに紙を捌いて静電気が起きにくくしたり、紙の束をそろえて扇形にして枚数を数えたり、私なんかは長年の経験で手が勝手にやっていますが、勝手にできない人がいることを発見し、逆に驚きました。

松谷君の場合、手つきからして何か変で、思わず笑ってしまいます。

 

ところで、写真の奥に見えるコピー用紙の束はテキストを製本してもらうために準備しているものです。昨日だけで4時間以上コピーし続けました。

ちょうど昨日のブログに書いたように、新年度から反転クラスに入る諸君は予習が必要です。

ということは、彼らに渡すテキストを準備しておかないといけないわけで、昨日、ブログを書きながら、それを忘れていたことに気付いたのです。

これまではこんな感じで、経験的直観に頼りながらバタバタと動いてきました。

それを一つ一つマニュアル化していくことが大切ですねぇ!

 

授業でも私には授業ノートというものがありません。最後の答えだけが書いてあるテキストを使ってやって来ました。

話すことは頭の中にあるのです。

これは便利なようで、まずい点も多いのです。

たとえば、授業を休んだ子がいて補習をしないといけないときに、チューターに任せることができないのです。

それであるときにそのまずさに気付いて、娘が取ったノートをコピーして補習用マニュアルとして使うことにしました。

すると、そこには彼女の不確かな計算も書き込んであるし、写し間違いもあるし、行間の説明は書いてないし、… といった具合で、ないよりはずっといいのですが、やっぱり不便も多かったのです。

ところが「稲荷の独習数学」を書いて、普段私が授業で話していることを整理してしまうと、格段に便利になりました。

補習のマニュアル化ができたのです。

 

こういう作業をあらゆる分野で進める必要があります。

入塾説明会でも、そのときの思い付きで説明をしてきましたが、話の大筋を決めておくということが大切だと参謀が主張しています。

そんな窮屈なことはできないと抵抗していましたが、このところの流れにより、どうも必要であるような気がしてきました。

 

参謀が来て、松谷君が来て、稲荷塾は変わろうとしています。

頑張ります!